株価がある一定の水準となった場合に行使する想定を置く場合

 これは株価条件ではありませんが、プレーンバニラであっても「株価が〇円となった時点で行使する」という仮定を置くと、ブラック・ショールズ式では評価ができません。この場合は二項モデルかモンテカルロ・シミュレーションによることになります。これらの評価額のチェック目的として、ここで紹介する評価式を利用できます。

発行後即時に行使可能となる場合の評価式

 税制適格要件に適合する形で行使期間が「発行後2年後以降10年後まで」などとなっている場合には、この近似的解析解は使用できません。

満期時点での評価が「過小」な評価式

 株価が\(H\)円を超えた時点で行使することを想定する場合の評価額\( C_{H} \)は、近似的に以下のようになります。満期時点でインザマネー(\( S(T)>K \))であっても、\( S(T)>H \)でなければ行使しない想定で、その分「過小」評価となります。

\[ C_{H} \simeq (H – K) \cdot \mathbb{P}(0 \leq \tau \leq T) \cdot \exp{\{-r \mathbb{E}[\tau \mid 0\leq\tau\leq T] \}} \]

\( \tau \)は停止時刻\( \tau = \min{ \{0 \leq t | S(t) = H \} } \)です。
 \( \mathbb{P}(0 \leq \tau \leq T) \)と\( \mathbb{E}[\tau \mid 0\leq\tau\leq T] \)については「バリアヒット時からの割引現在価値の近似式」を参照してください。

満期時点での評価を詰めた評価式

 満期までに株価が\(H\)円を超えなかった場合でも、満期時点でインザマネー(\( S(T)>K \))であるなら行使する、と想定するべきところです。この場合には、満期までに株価が\(H\)円を超えなかったならば満期時点で行使ができるとする株価条件の価値、つまり、アップ・アンド・アウトの価値\( C_{uo}=C_{bs}-C_{ui} \)を、上述の評価式に加算するします。

\[ C_{H} \simeq (H – K) \cdot \mathbb{P}(0 \leq \tau \leq T) \cdot \exp{\{-r \mathbb{E}[\tau \mid 0\leq\tau\leq T] \}} + \left( C_{bs}-C_{ui} \right) \]

 \( C_{bs} \)はプレーンバニラの評価額、\( C_{ui} \)はアップ・アンド・インの評価額で「全期間にわたり判定を行うアップ・アンド・イン」です。
 なお、\( C_{uo}=C_{bs}-C_{ui} \)を変形すると\( C_{uo} + C_{ui} = C_{bs} \)となります。アップ・アンド・アウトとアップ・アンド・インの条件を合わせるとプレーンバニラとなる、という関係式です。

行使可能となるまでに待機期間がある場合の評価

満期時点での評価が「過小」な評価式

 この評価式は解析解ではありません。
 行使可能となるまでに待機期間がある場合には、近似的にでも解析解を導出するのは難しそうです。Rの数値積分を行う関数integrate() を利用する方法を記載します。モンテカルロ・シミュレーション等のコーディングの検証には利用できます(ただし、複雑すぎるので趣味の領域です)。

\( t_{1} \)を行使可能となる時点として、
\begin{align*}
C_{H} &= C_{gap}^{S(0), t_{1}} \\
&+ e^{-r t_{1}} (H – K) \int_{0}^{H} \mathbb{E}[e^{-r \tau^{s}} \cdot 1_{ \left\{ 0 \leq \tau^{s} \leq T-t_{1} \right\} } ] f_{S(t_{1})}(s) ds
\end{align*}

①\( C_{gap}^{S(0), t_{1}} \)はギャップ・オプションと言われるものの評価式です。株価が\( S(0) \)から開始、満期は\( t_{1} \)であることを明示しました。\( t_{1} \)時点で株価が\(H\)を超えていれば行使価額\(K\)で行使がなされる(\(H > K\))という条件の評価額を表します。
$$
\begin{gathered}
C_{gap}^{S(0), t_{1}} = S(0)e^{-qt_{1}}N(d_{1}”) – Ke^{-rt_{1}}N(d_{2}”) \\
d_{1}” = \frac{\log{\frac{S(0)}{H}} + (r – q + \frac{1}{2}\sigma^{2}) t_{1} }{\sigma\sqrt{t_{1}}}, \quad d_{2}” = d_{1}” – \sigma\sqrt{t_{1}}
\end{gathered}
$$

②また、\( f_{S(t_{1})}(s) \)は\( S(t_{1}) \)の(対数正規分布の)確率密度関数
\[ f_{S(t_{1})}(s) = \frac{1}{\sqrt{2 \pi} \sigma \sqrt{t_{1}} s} \exp{\left\{ – \frac{ \left\{ \log{s} – (\log{S(0)} + (r-q-\frac{1}{2}\sigma^2)t_{1}) \right\} ^2}{2 (\sigma \sqrt{t_{1}})^2} \right\}} \]
③\( \tau^{s} \)は株価\( s \)から開始する場合の停止時刻\( \tau^{s} = \min{ \{0 \leq t | S(0) = s, S(t) = H \} } \)で、これは\( s \)の関数です。

④\( \mathbb{E}[e^{-r \tau^{s}} \cdot 1_{ \left\{ 0 \leq \tau^{s} \leq T-t_{1} \right\} } ] \)の部分に対しては、これまでも用いてきた近似式を使って評価を行います。

\begin{align*}
& \int_{0}^{H} \mathbb{E}[e^{-r \tau^{s}} \cdot 1_{ \left\{ 0 \leq \tau^{s} \leq T-t_{1} \right\} } ] f_{S(t_{1})}(s) ds \\
&\simeq \int_{0}^{H} \mathbb{P} (0 \leq \tau^{s} \leq T-t_{1}) \exp{ \{ -r \mathbb{E}[\tau^{s} \mid \left\{ 0 \leq \tau^{s} \leq T-t_{1} \right\} ] \} } \\
& \cdot \frac{1}{\sqrt{2 \pi} \sigma \sqrt{t_{1}} s} \exp{\left\{ – \frac{ \left\{ \log{s} – (\log{S(0)} + (r-q-\frac{1}{2}\sigma^2)t_{1}) \right\} ^2}{2 (\sigma \sqrt{t_{1}})^2} \right\}} ds
\end{align*}

 なお、理論的には\( t_{1} \to 0 \)で「発行後即時に行使可能となる場合の評価式」の評価額に収束するはずですが、integrate()関数を利用した数値計算を行っている関係上、計算的にはそのようになりません。

満期時点での評価を詰めた評価式

 満期でインザマネーであれば行使させる想定の場合、上述の評価額に、\( t_{1} \)から\( T \)の間に\( H \)にヒット「しなければ」有効となるコール・オプションの価値\( C_{uoB2}^{S(0), t_{1}, T} \)が加算されます。

\begin{align*}
C_{H} &= C_{gap}^{S(0), t_{1}} + C_{uoB2}^{S(0), t_{1}, T} \\
&+ e^{-r t_{1}} \int_{0}^{H} \left\{(H – K) \mathbb{E}[e^{-r \tau^{s}} \cdot 1_{ \left\{ 0 \leq \tau^{s} \leq T-t_{1} \right\} } ] \right\} \mathbb{P}(S(t_{1})=s) ds
\end{align*}

\( C_{uoB2}^{S(0), t_{1}, T} \)はアップ・アンド・アウト(判定は\( t_{1} \)から\( T \)の間のみ)の評価額です。

$$
\begin{aligned}
c_{uoB2}=
& S e^{-qT}\left[M\left(-g_1,-e_1;\rho\right)-\left(\frac{H}{S}\right)^{2\lambda} M\left(-g_3, e_3;-\rho\right)\right] \\
& -X e^{-rT}\left[M\left(-g_2,-e_2;\rho\right)-\left(\frac{H}{S}\right)^{2\lambda – 2} M\left(-g_4, e_4;-\rho\right)\right] \\
& -S e^{-qT}\left[M\left(-d_1,-e_1;\rho\right)-\left(\frac{H}{S}\right)^{2\lambda} M\left(e_3,-f_1;-\rho\right)\right] \\
& +X e^{-rT}\left[M\left(-d_2,-e_2;\rho\right)-\left(\frac{H}{S}\right)^{2\lambda – 2} M\left(e_4,-f_2;-\rho\right)\right]
\end{aligned}
$$

$$
\begin{gathered}
\lambda = \frac{r – q + \frac{1}{2}\sigma^2}{\sigma^2}, \quad \rho=\sqrt{t_1 / T} \\
d_1=\frac{\log{\frac{S(0)}{K}} + \left(r – q + \frac{1}{2}\sigma^2 \right) T}{\sigma \sqrt{T}}, \quad d_2=d_1-\sigma \sqrt{T} \\
e_1=\frac{\log{\frac{S(0)}{H}} + \left(r – q + \frac{1}{2}\sigma^2 \right) t_1}{\sigma \sqrt{t_1}}, \quad e_2=e_1-\sigma \sqrt{t_1} \\
e_3=\frac{\log{\frac{H}{S(0)}} + \left(r – q + \frac{1}{2}\sigma^2 \right) t_1}{\sigma \sqrt{t_1}}, \quad e_4=e_3-\sigma \sqrt{t_1} \\
f_1=\frac{\log{\frac{S(0)}{K}} + 2 \log{\frac{H}{S(0)}} + \left(r – q + \frac{1}{2}\sigma^2 \right) T}{\sigma \sqrt{T}}, \quad f_2=f_1-\sigma \sqrt{T} \\
g_1=\frac{\log{\frac{S(0)}{H}} + \left(r – q + \frac{1}{2}\sigma^2 \right) T}{\sigma \sqrt{T}}, \quad g_2=g_1-\sigma \sqrt{T} \\
g_3=\frac{\log{\frac{H}{S(0)}} + \left(r – q + \frac{1}{2}\sigma^2 \right) T}{\sigma \sqrt{T}}, \quad g_4=g_3-\sigma \sqrt{T} \\
\end{gathered}
$$

コード

(ページ作成中)

評価式の導出

こちらのPDFをご覧ください。(ただし、かなり直観的なものです。)
(ブラウザで開けない場合があります。その場合、右クリックでファイルをダウンロードしてからご覧ください。)