日本基準、IFRSいずれであっても、株価条件以外の業績条件は公正な評価単価の評価に反映しません。一方、払込金額の評価にあたってはこれを適切に反映しますが、その方法については、会計基準にも会社法にも規定はありません。したがって、発行会社各社が(評価を請負う評価会社が)合理的と考える方法で評価を行います。
当社が合理的と考える方法を紹介しますが、絶対的に正しいものではありません。
株価と売上高・営業利益等の相関
売上高・営業利益等で業績条件を設定する場合、売上高・営業利益等の増減と株価の上昇・下落の相関を想定するべきかが問題となります。
つまり、売上高・営業利益等が増加して業績条件を達成する確率が高まると、それに連動して株価が上昇しオプションがインザマネーとなる確率が増す、またキャピタルゲインの額も増す、という想定を評価に反映すべきか、という問題です。
株価と売上・利益とではそもそも観測できる頻度が異なり、また、株価等の時系列データにおいては見せかけの回帰が発生しやすく、実務上容易に適用できる形で相関の度合いを定量化することは困難だと考えられます(注)。
(注)株価と利益の相関を想定した分析事例としてこちらがあります。
また、売上高・営業利益等の増減とは無関係に株価が上昇・下落する状況は度々起こります。市場の全般的なバブル、ITバブルやSaasバブルまたそれらの崩壊といった特定業種に関する状況、いわゆる上場ゴールと呼ばれる状況などがあります。そうした状況化で定量化された相関を評価に反映するということは、それが将来も継続する想定を置いていることになります。異常な状況を除外した上で相関を定量化できればいいでしょうが、当社にはそれができそうもありません。
当社としては、定量化が困難であるため相関を仮定しない、と想定せざるを得ません。
株価と売上高・営業利益等の相関を仮定しない場合、SO評価額は次のようになります。
(売上高・営業利益等の条件を考慮しないSO 評価額)×(売上高・営業利益等の条件の達成確率)
売上高・営業利益等の条件を考慮しないSO 評価額は、株価条件が設定されているのであればそれを考慮した評価額です。
売上高条件
将来の売上高になんらかの分布を仮定して、売上高条件の達成確率を判定することになります。
当社は、売上高はゼロ以下とはならない一方で青天井に増加する可能性があるという性質を考慮し、売上高の分布に対数正規分布を仮定することにしています。
Rational Pricing of Internet Companies(注)という記事(論文?)がAmazonの企業価値の分析を行っています(2000 年のもので少し古いです)が、そこでも売上高の分布に対数正規分布が仮定されています。
(注)Schwartz, E.S. and M. Moon, (2000), Rational Pricing of Internet Companies, Financial Analysts Journal
(ただし、ストック型の売上高に対しては妥当性に欠けるかもしれません。)
単年度の売上高に対して条件を設定するのであれば、標準正規分布の累積分布関数を使用して達成確率を算出できます。複数年度にまたがる複雑な条件を設定する場合は、モンテカルロ・シミュレーションによります。
営業利益条件
- 売上高の分布から営業利益の分布を導く方法
まず、過去の売上高・営業利益の実績に基づき、売上高から営業利益を算出する回帰式を求めます。
次に、売上高の分布(対数正規分布)にその回帰式を適用し、営業利益条件の判定時期における営業利益の分布を求めます。
最後に、その営業利益の分布が業績条件を上回る確率を算出します。売上高から営業利益を算出する回帰式は、固変分解といわれるものを極めて大雑把に行うイメージで、次のような式になります。
営業利益= a × 売上高+ b
過去の実績から妥当な回帰式を得られ、それが将来も継続すると想定される場合には過去実績によるのが合理的です。
一方、設立後日が浅く過去実績がなかったり、今後の構造改革の結果にコミットさせる目的の条件設定であったりなど、中期経営計画等から回帰式を求めることが合理的な場合もあろうかと思います。
ただ、過去データでは売上高が上がると営業利益が下がる傾向となっている場合、売上高と営業利益に相関がみられない場合など、この方法が採用できない場合も多々あります。 - 営業利益自体に分布を想定する方法
営業利益自体の分布を正規分布と仮定して営業利益条件を判定するアプローチもあります。上述のアプローチで合理的な回帰式が作れない場合でも、このアプローチであれば採用できることもあります。
その他の条件
EBITDAや経常利益に条件を設定する場合なども、営業利益条件と同様に考えることができます。
そのほかにも、資金調達が成功することを条件とする、出店店舗数や販売個数について条件を設定するなど、条件のバラエティは無数に考えられます。それが株価や、売上高、営業利益等の数値と紐づけられるものであれば、それらの数値に変換して条件設定することになろうかと思います。あまりに定量化の難しい条件では後々税務上のリスクとなる可能性があります。
未上場企業の場合の留意点
未上場企業の株価をDCF法や倍率法で算出する場合、大雑把に言えば、その株価は「将来の利益」に基づきに算出されます。そのため、株価条件と利益条件を両方付した場合、同じ「不確実性の源泉」に対して二重の条件を付すことになります。つまり、未上場である間は、株価と利益に相関のない想定を置くことが難しいということです。
ただし、上場後ある程度の期間が空いてから行使が想定される(注)のであれば、利益と株価の相関はないものと想定するべきかと思います。
(注)評価上のオプションの予想残存期間が、想定される上場時点よりも遠い将来ある場合