ブラック・ショールズ・モデル
\begin{equation}
S(T) = S(0) \exp{ \left( (r – q + \frac{1}{2} \sigma^2) T + \sigma W(T) \right) } ————– ①
\end{equation}
を前提として、評価額をどのように求めるかを考えていきます。
評価額の求め方
直感的には、ストック・オプションから生じる将来キャッシュ・フローの期待値の割引現在価値が評価額\( C \)になりそうです。
\begin{equation}
C = e^{-rT}\mathbb{E}[f(S(T))] ————– ②
\end{equation}
\( f(x) \)はキャッシュ・フローを計算する関数で、満期時点でのみ行使可能なストック・オプションであれば\( f(S(T)) = \max (S(T) − K, 0) \)です。この直感は正しく、上の評価式はリスク中立評価式と呼ばれるものです。
また、この\( C \)は次の偏微分方程式(ブラック・ショールズの偏微分方程式)の解であることが知られています(ファインマン・カッツの定理、評価アプローチの整理のために挿入している数式で、その意味するところを理解できる必要はありません。)。
\begin{equation}
\frac{\partial C}{\partial t} + (r-q)S(t)\frac{\partial C}{\partial S} + \sigma^2 S(t)^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S^2} – rC = 0 ————– ③
\end{equation}
\( C \)は満期までの時間tと現時点の株価\( S \)の関数\( C = C(S, t) \)です。
②あるいは③のどちらを解いてもSOの評価額を求めることができます。
会計基準の想定する評価アプローチ
日本基準に典型例として挙げられているアプローチは次の2つです。
- ブラック・ショールズ式
- 二項モデルに基づく「バックワード計算」(一般的な用語ではありません)
ただし、いずれの適用も難しい条件の設定されたストック・オプションも存在し、次のアプローチも実務上受け入れられています。
- モンテカルロ・シミュレーション
評価額の求め方と評価アプローチの関係
株価条件の付いてないSOを「プレーンバニラ」ということにします。
プレーンバニラについて③の偏微分方程式を紙と鉛筆で解いたものがブラック・ショールズ式です(注)。
プレーンバニラ以外のSOについては必ずしもこの方程式が解けるわけではなく、解が求まるもの以外は他の評価アプローチによる必要があります。紙と鉛筆で解いた結果得られる公式を「解析解」ということにします。
(注)②を紙と鉛筆で解いてもブラック・ショールズ式が得られます(マルチンゲールアプローチ)。
①のモデルに従った\( S(T) \)をコンピュータ・シミュレーションにより大量に発生させ、それぞれの\( S(T) \)で計算された\( f(S(T)) \)の平均値として②の\( E[f(S(T))] \)を近似するアプローチがモンテカルロ・シミュレーションです。
③を数値的・近似的に解くためのアプローチとして、二項モデルに基づくバックワード計算があります。また、二項モデルの評価結果はその(リスク中立)上昇確率・下降確率による期待値計算とみることもでき、その観点からは②の\( E[f(S(T))] \)の近似とみることもできます。
早期行使の反映
二項モデルはバックワード計算を行うことから、配当や株価条件による早期行使(注)を評価に反映することが容易に行えるという特徴があります。IFRSに従い早期行使の影響を公正な評価単価に反映する場合には、二項モデルの適用を検討します。
(注)満期以前の行使可能期間内に行使がなされることをいいます。
行使期間が発行後即時に開始するプレーンバニラについては、早期行使を反映した近似的な解析解も存在します。ストック・オプションには通常は待期期間が設定されるため、この近似的な解析解を直接適用することはできません。
モンテカルロ・シミュレーションについてもプレーンバニラであれば、比較的容易に早期行使を反映することができますが、複雑な株価条件が付されている場合には適用が難しくなります。
評価アプローチの整理
| 株価 モデル |
株価条件 | 評価アプローチ | (注1) |
|---|---|---|---|
| BS モデル (注2) |
なし(プレーンバニラ) |
紙と鉛筆 → ブラック・ショールズ式 |
A |
|
モンテカルロ・シミュレーション |
Aに近づく |
||
| 紙と鉛筆で解けるもの |
紙と鉛筆 → 種々の解析解 |
B |
|
|
モンテカルロ・シミュレーション |
Bに近づく | ||
| 紙と鉛筆で解けないもの |
モンテカルロ・シミュレーション |
(注4) | |
| 二項 モデル |
なし(プレーンバニラ) | バックワード計算 | Aに近づく |
| 紙と鉛筆で解けるもの | バックワード計算 | Bに近づく | |
| 紙と鉛筆で解けないもの | バックワード計算 | (注4) | |
| 二項モデルで解けないもの(注5) |
(注1)下の「各評価アプローチの関係」をご参照ください。
(注2)ブラック・ショールズ・モデル
(注3)「株価条件付きストック・オプションの評価」の項で紹介しています。
(注4)神のみぞ知る真の評価額に近づいていくことになります。
(注5)例えば、「過去1か月間の平均株価が〇〇円以下になると失効する」などのような、複雑な経路依存性を持つ株価条件が付されている場合には解けません。
各評価アプローチの関係
ブラック・ショールズ・モデルは簡単な株価変動モデルであるため、株価条件付きであっても解析解を得ることができるケースもあります。
ブラック・ショールズ・モデルと同様の仮定を置いた二項モデルによる評価額は、適切な条件下で分割の幅を小さくしていくと、解析解による評価額に近づいていきます。
また、①のブラック・ショールズ・モデルに基づくモンテカルロ・シミュレーションによる評価額は、シミュレーションの回数を多くするにつれ、解析解による評価額に近づいていきます。
また、ブラック・ショールズ・モデルに基づくモンテカルロ・シミュレーションでは、評価額の(真の評価額への)収束が保証されており、統計学の理論に基づきシミュレーション誤差の評価を行うこともできます。